鳩待峠の名前の由来
この峠は昔、片品村の人が茶碗や杓子などの木工品を作る作業場で厳冬の頃入山して3ヶ月位山で仕事をしていたが、男だけの職場であるため一日千秋の思いで帰宅の日を待っている毎日だったそうです。帰宅できる日は鳩が峠近くまで来て、「ポーポー」と鳴く日だったそう。鳩は寒い時期は麓の村にいて、だんだん暖かくなると山奥へと移ってくる習性があり、峠近くまで来ると男達には「母ちゃん、子供が待っているよ」とも聞こえたのだそうです。そのため、鳩が来るのを待ち続けるので鳩待峠とつきました。
コース案内
まず10分間ほど石が埋まった滑りやすい階段を下りなければなりません。雨が降るとすぐに沢のようになってしまいスリップしやすいので注意してください。極たまに、ここで怪我をしてしまいたったの5分で尾瀬を断念したという気の毒な人もいるくらいですから。
この石段が終わると木道に入り、ハトマチ沢が見えてきます。右手の土手には春先になるとエンレイソウやツクバネソウ、ヒロハユキザサが咲いており、夏場にはコイチヨウランも咲きます。沢を越えてすぐ正面にある土手にはタニギキョウやオオバキスミレが鮮やかに咲き乱れます。同じエリアでも植物の分布地点が明確に分かれ、毎年一定の場所に咲くのはおもしろいところ。ちなみにこのハトマチ沢近辺はオコジョのルートとなっているらしく、目撃例もいくつかあります。
その後はブナ林のなかを通っていくことになります。途中、左手にダケカンバの群落がありますが、これは昔、台風か雪などなんらかの原因でブナが倒れ、日当たりが良くなったことから陽樹の代表でもあるダケカンバが生育したものと考えられます。ダケカンバやシラカバは先駆植生といって、伐採などで森が明るくなるとまっ先に出てくる植物をさします。
さらに進むと左手が開けてきます。ここからは至仏山の眺めがすばらしいので、人がいなければちょっと立ち止まってみてはいかがでしょう。この辺りになると春先は様々な鳥達のさえずりが聞かれます。ウグイスの鳴き声がとくに目立ち、余りに近くでさえずるのでビックリする人も多いのではないでしょうか。ひたすらケキョ、ケキョ、ケキョと鳴き続けることをウグイスの谷渡りといい、この登山道沿いでもよく聞こえます。これは、ウグイスが我々を歓迎して懸命にさえずっているのではなく、不意の侵入者として警戒音を発しているのです。つまり、登山者はあまりウグイスに歓迎されていないということですか…。これだけ毎日多くの登山者が歩いていれば警戒音を発し続けるのも無理はないのでしょうが、ペアリングシーズンなどはちょっと気の毒な気もしてきます。
その後木道は階段状になり沢の音が聞こえてきます。平らになった木道の両脇には大きな岩があり、7月に入るとハクサンシャクナゲが可憐な花を咲かせます。特に左側のハクサンシャクナゲは岩の上に咲いているため見落としてしまう人も多いようですがきれいですよ。
そのすぐ先にはヨセ沢があり、鳩待峠から3分の1来たことを示す看板が立っております。しかし、時間的には半分来ているので、もうひとふんばりです(あと、30分程)。このヨセ沢伝いの植生を調べたところ、蛇紋岩特有の植物が生育していたそうです。
ヨセ沢を過ぎてちょっと経ったところに水場があります。とても冷たくておいしいので一息つけましょう。ここには2箇所から水が出ており、水量の少ない手前の方を背負い子(ボッカ)の水場または休憩所と呼んでいます。もちろんここで休憩をとるわけですが、それと同時に気を引き締めるため。なぜならこの先は緩やかな下りから一気に川上川の岸辺まで下る傾斜の木道に入り、とくに緩やかな下り部分が滑りやすいのです。木道が濡れている時がもっとも危なく、このルートで登山者がスリップ事故を起こす場所ワースト3以内に入るでしょう。現在は滑り止めの木が打たれているため事故も減少しましたが、やはり危険な場所であることにかわりはないので歩行時には十分注意してください。なお、この急な木道の始まり部分の左手にはシラネアオイが群生しております。小低木やチシマザサが邪魔して分かりづらいのですが、それゆえここにシラネアオイが咲いているのを知っている人は少ないかもしれません。
川上川まで下ると河原側に平らで大きな岩、反対側にも立ち上がった大きな岩があり、それ以後はひたすら平らな木道が続きます。この岩の周辺には蛇紋岩がありますが、多分至仏山で雪崩があった際に転がってきたものなのでしょう。ところで川上川にある大岩で休憩している人をよく見かけますが、河原には降りないでください。景色が抜群なので気持ちも分かりますが、この近辺には小湿原もあり、あまり目撃されるとロープをはられ景観も台無しになってしまうでしょうから。とくに、これから登ろうとする人にとってはありがたい場所のようですが、岩の上だけにとどめてください。この場所は平成10年に枯れ木が倒れてきたため死者がでています。あまり縁起のいい場所とはいえないので、休憩はお勧めできませんね。
フラットになった木道を進むと、テンマ沢が見えてきます。このテンマ沢にはジョウシュウトリカブトといって葉柄の付け根にムカゴをつけるかわったトリカブトが咲きます。花は通常の種類より淡い青紫色で沢伝いが主な生育地。この辺りからクマの出没頻度が高まるせいか樹木を見上げるとたくさんのクマ棚が観察できることでしょう。さらに進むと大きな天然カラマツが林立しております。天然カラマツは浅間〜八ヶ岳にある他はほとんどが植林されたもので、例外的に日光周辺に分布しているそう。カラマツは酸性土壌にも強いので、山地のみならず湿原にも多数生育しております。若いカラマツは狂いが生じやすい(随から5cm位で左回り又は途中で右回りになったりする)ため材としての価値が低いのですが、それでも腐りにくいという特性をもっていることから木道などに尾瀬でも利用されています。しかし、この天然カラマツレベルの大きさになると狂いも少なくなるので、材としては最高でしょう。一体、金額に換算するといくらになるのか想像もつきません。
カラマツ林を抜けるとテンマ沢湿原が見えてきます。ここは巨大ミズバショウの咲く所として有名で、その他レンゲツツジやコオニユリ、トウギボウシ、サワギキョウ、オクトリカブトなど、かなりの高山植物が咲いているせいか尾瀬ヶ原への期待もますます膨らんできます。このように有名な高山植物が咲いている一方で、目立ちはしないが尾瀬には珍しい植物も生育しています。北海道では当たり前のように生育しているオオカサモチ(セリ科)が咲いていますし、トカチヤナギといって尾瀬では非常に珍しいヤナギも生育しているのです。トカチヤナギはオオバヤナギが変異したもので、梢が赤みを帯びています。いずれも木道から少し離れた所に生育しているのでなかなか分からないかもしれませんが、これら北方系の植物がここに生育していることに、テンマ沢湿原の重要性を再認識させられます。
テンマ沢湿原を越えると右に大きな岩がでてきます。これは川上川にある大きな岩と同様、花崗岩で中生代末期(1億年前)に上昇してきたものといわれております。ここの岩のおもしろいところは、岩の上にネズコ(クロベ)が生えて根がはり出していることです。ネズコは元来、水分と栄養分の少ない岩盤上を好むため岩を被い尽くすように根っこを張り出すのですが、これがクマやオコジョの住処に最適なのです。このような岩盤とクロベのセットは与作岳や景鶴山に多いため、クマの生息数もこの辺りは多くなります。平成11年に東電小屋近辺でクマに襲われる事件が発生しましたが、この襲ったクマも与作岳や景鶴山を住処としているのかもしれません。
大岩を巻いて右側に木道が曲がっていき、さらに進んでいくとミズナラやシナノキ、ハルニレの群落となってきます。これらの群落があるということは、この辺りが川上川の氾濫原であったことを示しています。つまり、このあたりは山からの栄養分が流れてきやすく、湿度も適度に保たれているということ。
さあ、いよいよ樹林帯を抜けて明るくなってきました。山ノ鼻はもう目の前です。一段と幅の広くなった木道を進むと川上川をわたる橋が見えてきます。この橋は平成9年秋に付け替えられたばかりで新しく、上からイワナやヤマメの泳いでいる姿を観察することができます。人の多い週末は隠れていてなかなか見つかりませんが、平日なら山ノ鼻側の岸辺近くの緩い流れ部分に泳いでいます。河川の氾濫で渓相が変化しないかぎり、ここが彼等の定位置です。いつもここにいてくれるので、案内するほうも楽。イワナ君、ヤマメ君ありがとう。でも仲が悪いようで、どちらか一方しかいないのが通常です。魚の観察ポイント
橋を渡って2〜3分もすれば山ノ鼻到着。しかし、この間にすごいものがあります。右側にあるのですがミズナラの巨木。3つに大きく分かれ一部中が腐りかけていますが、それでも見事なもの。この巨大ミズナラは下回りで10mを軽く越えるため、尾瀬で最も大きなミズナラといわれています。巨木なため天然記念物に指定してもらうよう申請したそうですが、3つに分かれているため却下されてしまったとのこと。このミズナラも残念に思っていることでしょう。是非じっくり眺めてやって下さい。
はい山ノ鼻到着です。お疲れさまでした。トイレはビジターセンターの隣にあります。
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